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浦和地方裁判所 平成9年(ワ)1123号 判決 1999年11月30日

原告 株式会社 サイサン

右代表者代表取締役 川本宜彦

右訴訟代理人弁護士 松浦安人

被告 マルマン瓦斯株式会社 (以下「被告会社」という。)

右代表者代表取締役 原添哲

右訴訟代理人弁護士 盛岡暉道

被告 須田公敏(以下「被告須田」という。)

右訴訟代理人弁護士 神田雅道

主文

一  被告会社は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成九年一二月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告会社に対するその余の請求及び被告須田に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告会社との間では、これを一〇分し、その一を被告会社の、その余を原告の各負担とし、原告と被告須田との間では、これを原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の申立て

一  原告

1  被告らは、各自、原告に対し、八三九万五三二五円及びこれに対する平成九年一二月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二事案の概要

一  本件は、液化石油ガスの仕入れ・販売を業とする株式会社である原告が、被告須田の関与の下に同業の株式会社である被告会社の不公正な取引によって顧客を奪われたほか、原告が当該顧客に提供していたプロパンガス設備の所有権を侵害されたと主張して、被告ら各自に対し、当該不法行為によって被ったという損害の賠償を求めている事案である。

二  前提となる事実

以下の事実は、当事者間に争いがないか、あるいは、弁論の全趣旨によって認定することができ、この認定を妨げる証拠はない。

1  当事者

(一) 原告は、プロパンガスなど各種液化ガスの販売等を業とする株式会社である。

(二) 被告会社は、プロパンガスの販売等を業とする株式会社である。

(三) 被告須田は、プロパンガスの需要者に対してガス料金を廉価で提供できる旨の勧誘活動などを行っていた「GF本部」を主宰していたほか、株式会社シービーシーを経営している。

2  原告とその顧客との取引

原告は、別表一の所有者氏名欄記載の所有者が所有している同建物名称欄記載の建物に入居している同転換者氏名欄記載の者(以下「本件顧客」という。)との間で、プロパンガスの供給契約(以下「原告契約」という。)を締結していた。

3  被告会社と本件顧客との取引

被告会社は、その後、別表一の転換年月日欄記載の日に、本件顧客との間で、本件顧客が原告との間で締結していた原告契約を解約させたうえ、新たにプロパンガスの供給契約(以下「被告契約」という。)を締結するに至った。以下、便宜、原告契約から被告契約への切替えという。

4  被告須田の関与

本件顧客が原告契約から被告契約へと切り替えるに際しては、被告須田が主宰していたGF本部の会員が、同被告の指示で、その勧誘を行った。

三  本件訴訟の争点

第一に、被告会社が被告須田の主宰するGF本部の会員による勧誘を受けて本件顧客に原告契約から被告契約へと切り替えさせたことが、不公正な取引に係るものとして、また、その切替えに伴い、原告が原告契約に基づき本件顧客に提供していたプロパンガス設備を被告会社が被告契約に切り替えた後も利用し、あるいは、これを取り替えるなどしたことが、原告の所有権を侵害するものとして、原告に対する不法行為(以下、前者については「全体的不法行為」、後者については「個別的不法行為」という。)を構成するか否か、第二に、被告らの原告に対する全体的不法行為ないし個別的不法行為が認められる場合に、原告が賠償を求めることができる損害の額であるが、この点に関する当事者の主張は、要旨、次のとおりである。

(原告)

1 全体的不法行為について

被告会社は、被告須田と共謀し、被告須田の主宰するGF本部の会員が行った次のとおりの不公正な取引に係る勧誘によって、原告がプロパンガスの供給契約を締結していた本件顧客に対し、当該契約を解約させたうえ、被告会社との間で新たにプロパンガスの供給契約を締結させ、原告契約から被告契約への切替えにより原告から本件顧客を奪ったものである。すなわち、

(一) 勧誘の具体的な態様

GF本部の会員は、原告契約を締結していた本件顧客が入居していた建物の所有者に対し、「被告会社はこれから伸びる会社です。お宅に入居されている店子さん達のプロパンガスについて、被告会社に切り替えてはどうですか。料金も安くなりますし、大家さんには一戸につき二万円のお礼を差し上げます。店子さんの払う料金も安くなります。」と言って、原告契約から被告契約への切替えを勧誘した。しかし、実際には、被告契約に切り替えても、料金が安くなるのは契約当初の数か月だけで、ゆくゆくは高い料金を請求する意図であったのに、これを秘匿し、いわば不実の事実を告知して執拗に勧誘を行い、本件顧客に対し、原告契約から被告契約への切替えに応じさせているものである。しかも、本件顧客が原告契約を解約するためには、本人の同意を得る必要があるのに、本件顧客が入居していた建物の所有者の同意を得るだけで、原告契約から被告契約へと切り替えさせている。

(二) 前記勧誘の違法性

(1) マルチ商法による勧誘

被告須田の主宰していたGF本部は、会員が顧客を勧誘すればネズミ講方式で手数料、指導料を獲得することができるという、いわゆるマルチ商法による組織であるから、GF会員が得た手数料、指導料は、ゆくゆくは顧客の支払うガス料金に転嫁されていくことになる。

(2) 不当廉売による誘因

プロパンガスの適正料金は三〇立方メートルで一万五〇〇〇円前後であるが、GF本部の会員が顧客を勧誘する際に配布したチラシによると、一〇立方メートルで二〇〇〇円、二〇立方メートルで四〇〇〇円、三〇立方メートルで六〇〇〇円も安く販売するというのであって、採算を度外視した、いわゆる独占禁止法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)にも抵触する不当な廉売である。しかも、そのような不当廉売を行うためには、原告が本件顧客に提供していたプロパンガス設備を原告に無断で使用したり、あるいは、配管設備などの点検を省略し、保安設備なども使用期間が経過してもそのまま使用を継続するという手抜きをすることが前提になっているのであって、この点においても、その違法性は明らかである。

(3) 欺まん的な誘因

プロパンガスの料金は、業者によって多少の違いはあっても、ほぼ同一程度の料金であるが、GF本部の会員は、業者によって料金がまちまちであると言って、事実と異なる勧誘を行い、また、「二四時間安全をお届けするLPG集中監視システムがついている。」などという誇大な宣伝もして、本件顧客に契約の切替えを勧誘している。そのような勧誘は、公正取引委員会の告示で禁止されている欺まん的な顧客の誘因に当たる違法なものである。

(4) 不当な利益による誘因

また、GF本部の会員は、顧客に対し、原告契約から被告契約へと切り替えるに際して、契約の切替えに伴う工事費用は一切かからないと言って勧誘しているが、それは、原告が提供していたプロパンガス設備をいわば窃取して使用することを予定していたからである。本来、被告会社が新たにプロパンガス設備を提供するとすれば、その工事費用を本件顧客に支出させるか、その支払うべき料金に反映させることになるはずであるのに、その事実を秘匿した勧誘であって、前記告示で禁止されている不当な利益による顧客の誘因に当たる違法なものである。

(5) 関係法令等の潜脱

プロパンガスの供給に関しては、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律(以下「液石法」という。)、同法施行規則、関係省令、通達などによる規制があるが、その規制を受けたプロパンガス業者の団体では、顧客との契約の切替えについても、例えば、①解約は顧客本人が行う、②代理人が行う場合は、書面による委任を基本とする、③解約は事前に通知する、④解約の予告期間を遵守する、⑤消費設備は、その残存価格で清算する、⑥供給設備は、これを設置した業者が撤去する、⑦供給設備については、その撤去費用の清算又は買取請求を行うことができる、⑧その撤去と清算とは同時に行う、⑨保安設備は引き継ぐ等の準則を定立しているところ、本件顧客の原告契約から被告契約への切替えは、その準則も無視した、液石法関係法令等の規制を潜脱するものであって、この点においても、その違法性は明らかである。

(三) 被告須田の主宰するGF本部の会員による勧誘を受けて被告会社が本件顧客につき原告契約から被告契約へと切り替えさせたことは、いわゆる規制緩和の一環として、平成八年三月の液石法の改正により、販売事業者に対する規制が許可制から登録制へと改められたことなどを背景として行われたものであるが、被告らは、その規制緩和の趣旨をはき違え、プロパンガス市場がいわば「ノー・ルール」になったと喧伝し、前記のとおり、採算を無視した、不当な廉価でプロパンガスを供給し、大量に顧客を獲得しようとしたものであって、液石法関係法令等の規制を潜脱するばかりでなく、独禁法ないし訪問販売法の規制も無視し、取引社会における信義誠実の原則にも違反する不公正な取引に係るものであって、その全体が原告に対する不法行為を構成するというべきである。

2 個別的不法行為について

被告会社は、本件顧客に対し、原告契約から被告契約へと切り替えさせた際、原告が本件顧客に提供していたプロパンガス設備(これは、ガス供給設備とガス消費設備とからなるが、そのいずれも)が原告の所有であるにもかかわらず、原告に無断でこれを使用し、あるいは、これを取り替えるなどしているのであって、全体的不法行為が認められない場合でも、少なくともその個別的な行為が原告の所有権を侵害する不法行為を構成するものであることは明らかである。

3 原告の被った損害について

(一) 全体的不法行為による損害 五七〇万五四六三円

原告は、被告らが全体的不法行為によって本件顧客に対して原告契約から被告契約へと切替えをさせなければ、本件顧客との間で、少なくとも今後一〇年間にわたって原告契約を継続し、一年間で別表一記載の売上金額中の利益額である七三万八八八七円の利益を得ることができたから、一〇年のライプニッツ係数七・七二一七を乗じて現価計算を行うと、被告らの全体的不法行為によって本件顧客を奪われ原告の得べかりし利益は、五七〇万五四六三円となる。

(二) 個別的不法行為による損害 二一八万九八六二円

原告は、被告らが個別的不法行為によって原告が本件顧客の入居している建物に設置していた前記プロパンガス設備の所有権を侵害されたが、当該設備の帳簿上の残存価格は、別表二記載のとおりであるから、これによって原告が被った損害は、二一八万九八六二円となる。

(三) 弁護士費用相当の損害 五〇万円

原告は、本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人に委任したが、被告らの不法行為と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害は、五〇万円をもって相当とする。

4 よって、原告は、民法七〇九条及び七一九条に基づき、被告ら各自に対し、前記3の損害合計八三九万五三二五円及びこれに対する不法行為の日の後の日である平成九年一二月三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告会社)

1 全体的不法行為について

被告会社は、被告須田の主宰するGF本部の会員の勧誘により、本件顧客との間で直接に被告契約を締結しているのであって、本人が同意していないのに、原告契約から被告契約へと切り替えさせた事実はない。

原告は、被告会社において、被告契約を締結する際、GF本部に支払った手数料をゆくゆくは本件顧客の支払うガス料金に転嫁していく意図であったように主張するが、そのような意図はないし、現にその事実もない。

2 個別的不法行為について

被告会社は、原告契約から被告契約への切替えに際して、プロパンガス設備のうち、ガス供給設備であるガスボンベについては、その全部を原告の営業所に返還し、調整器及びメーターについては、その八〇パーセントを被告会社所有のものと交換し、残りに二〇パーセントについて、原告の承諾を得て原告所有のものを使用しているにすぎない。被告会社が原告所有のガス供給設備を窃取したということはない。

また、プロパンガス設備のうち、ガス消費設備については、本件顧客が入居している建物の所有者の所有に帰しているから、原告の所有ではなく、被告会社による所有権侵害をいう原告の主張は失当である。

3 原告の被った損害について

(一) 全体的不法行為による損害

原告は、本件顧客が原告契約から被告契約へと切り替えなければ、今後一〇年間にわたって原告契約を継続することができたと主張するが、そう主張する以上、その根拠を示すべきである。

(二) 個別的不法行為による損害

被告会社は、前記のとおり、原告の提供していたプロパンガス設備の所有権を侵害したことはないが、仮にガス供給設備について、原告の所有権を侵害したと認められる場合があるとしても、被告会社の調査したところでは、別表二記載の本件顧客に対して提供されていたガス供給設備の残存価額は、せいぜい三九万〇八一八円にすぎないから、原告の被った損害も、これと同額にとどまる。

(被告須田)

1 全体的不法行為について

被告須田の主宰するGF本部の会員が本件顧客を勧誘して原告契約を解約させ、被告契約を締結させたとしても、自由競争として許容される範囲内の営業活動によるものであって、原告主張のような不公正な取引に係るものではなく、原告に対する不法行為を構成しない。すなわち、GF本部は、原告主張のようなマルチ商法に基づく組織ではない。また、原告は、プロパンガスの供給契約の切替えに際しては、建物入居者の同意が必要であると主張するが、プロパンガス設備は、建物に付加して一体となっているので、建物所有者の同意なくして契約を切り替えることはできず、GF本部の会員が建物の所有者を勧誘したのも、そのような理由によるのであって、建物の所有者が同意すれば、建物の入居者も契約を切り替えなければならない関係にある。そして、本件顧客が原告契約から被告契約に切り替えても、プロパンガス利用の保安面及び安全面で憂慮すべき事態は予測されない。

2 個別的不法行為について

原告は、本件顧客に提供していたというプロパンガス設備が原告の所有であると主張するが、本件顧客が入居している建物に付加して一体となっているから、建物の所有者の所有に帰しているものであって、原告の所有を前提とする原告の主張は失当である。

3 原告の被った損害について

原告の主張は争う。

第三当裁判所の判断

一  原告主張の被告らの不法行為の成否

1  全体的不法行為について

(一) 原告は、被告須田の主宰するGF本部の会員が本件顧客を勧誘して原告契約から被告契約へと切り替えさせたことが、不公正な取引に係るものとして、原告に対する不法行為を構成すると主張するが、弁論の全趣旨によると、原告契約から被告契約への切替えは、いわゆる規制緩和の一環として、プロパンガス業界においても、新規業者の参入が容易になったことを背景に、既成のプロパンガス業界に属さない被告会社において、既成のプロパンガス業界に属する原告よりも被告会社のほうが消費者に対してより有利な条件でプロパンガスを供給することができるという経営方針ないし経営戦略の下に、被告須田の主宰するGF本部の会員による勧誘を受けて行われたものであったと認められ、この認定を妨げる証拠はない。

(二) 原告は、原告契約から被告契約への切替えが右認定の背景の下に行われたものであったとしても、規制緩和の趣旨をはき違えた、不公正な取引に係るものであるようにいうが、プロパンガスの消費者がどの供給業者を選択するかは、基本的には、当該消費者の自由な判断に委ねられるべき問題であって、そのために供給業者の間に消費者の獲得をめぐって競争が生じたとしても、その獲得競争をとりわけ違法視することはできない。もとより、消費者の獲得競争に際して、供給業者の一方が他方に関する虚偽の情報などを流布したりして、他方に対する消費者の信用を毀損させ、他方との競争を有利に展開するようなことは、信義誠実の原則が支配すべき競争原理に反するものとして是認し得ないが、一方が消費者に対する契約内容を他方のそれに比べてより満足を受けられるものに設定して、他方との競争を有利に展開するようなことは、その営業努力によるものであって、何ら非難されるべきものではなく、かえって、消費者のためにも歓迎されるべきことである。そして、この場合に、仮にその提供する契約内容が液石法の規制を蔑ろにするようなものであれば、消費者の信用を失い、あるいは、そのために監督官庁から指導監督を受けるなどして、業務をそのまま継続する基盤を脆弱なものにしていくのは必至であるから、そのような競争の是非は、帰するところ、消費者の賢明な選択ないし監督官庁の適切な権限行使によって自ずと結論が導かれるべき問題である。

しかるところ、原告の主張する被告らの全体的不法行為についてみると、まず、被告須田の主宰するGF本部がいわゆるマルチ商法による勧誘を行っていたというのであるが、証拠をもってしても、反対証拠に照らせば、その事実を認めるのは困難で、他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。次に、GF本部の会員による勧誘が本件顧客に対する不当廉売による誘因、欺まん的な誘因、不当な利益による誘因であったともいうところ、証拠によれば、被告会社の本件顧客に提供するガス料金が不当に低廉なものであったとまで認めるのは困難であるが、この点はひとまずおいても、仮に原告の設定したガス料金に比べて低廉であったとしても、そのことを理由に、被告会社が監督官庁から規制を受けることがあったとも、また、消費者から苦情が寄せられたとも認められず、要は、既成の業界の是認する契約条件で本件顧客との契約を維持しようとする原告と、規制緩和を受けて新規参入するに当たって、既成の業界の契約条件を打破して本件顧客を獲得しようとした被告会社の経営方針ないし経営戦略の異同による契約条件の相違にすぎず、原告の主張するところを考慮しても、被告会社が被告須田の主宰するGF本部の会員の勧誘を受けて本件顧客に原告契約から被告契約へと切り替えさせたことが原告に対する関係で違法なものであったとまで認めることはできない。

(三) 原告は、前記主張の前提として、GF本部の会員による具体的な勧誘の当否も問題にするところ、証拠によれば、本件顧客は、ほとんどがアパート等の入居者であって、プロパンガスの供給契約それ自体は、本件顧客が供給業者との間で締結するものであるが、ガス設備は、その入居しているアパート等の建物に設置されているため、供給業者の選別は、もっぱらアパート等の所有者の選定したところによるしかなく、アパート等の入居者が所有者の意向に反して、自ら業者を選定する余地はないと認められるところ、本件においても、被告会社は、GF本部の会員の勧誘により、本件顧客が入居しているアパート等の所有者と折衝し、当該アパート等にプロパンガスを供給する業者を原告会社から被告会社へと変更することの同意を得たうえ、本件顧客との間で、原告契約から被告契約へと切り替えることを前提にしたプロパンガスの供給契約を締結していることが認められ、本件顧客に無断で原告契約から被告契約への切替えがされた旨の原告の主張も採用し得ない。

(四) 原告は、原告契約から被告契約への切替えに際し、GF本部の会員ないし被告会社が液石法関係法令等の規制を潜脱して勧誘を行ったようにも主張するが、前認定のとおり、本件顧客は、その入居している建物の所有者の意向に沿うものであったとしても、自らの判断で原告契約から被告契約へと切り替えているのであって、原告において、仮に本件顧客による原告契約の解約が液石法関係法令等の規制、協会の準則ないし原告契約の定めに違反するというのであれば、本件顧客に対し、その責任を追及すれば足りるものであるし、他方、本件顧客において、仮に被告会社による被告契約の締結が液石法関係法令等の規制を潜脱するものであったというのであれば、被告会社に対し、その責任を追及すれば足りるものであって、いずれにしても、本件事案についてみる限り、本件顧客の判断で原告契約から被告契約へと切り替えられたことが被告会社の原告に対する関係で違法視されるべきものであるとは解されない。

(五) したがって、原告契約から被告契約への切替えは、その一環として行われたという、次に検討する個別的不法行為の成否を除き、原告に対する不法行為を構成するものではないといわなければならないから、原告主張の全体的不法行為に基づく被告らに対する請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

2  個別的不法行為について

(一) 原告は、本件顧客に提供していたプロパンガス設備につき、ガス供給設備も、ガス消費設備も、いずれも原告の所有であると主張し、その主張に沿う証拠を提出するが、プロパンガス設備のうち、その供給を受ける顧客の屋内に設置されるガス消費設備については、本件顧客が入居している建物に付加されて一体となっていると認められるので、当該建物に附合するものとみるべきであって、原告が当該ガス消費設備のために費用を投下していたとしても、その費用の償還を建物の所有者に求め得るか否かはともかく、原告が建物の所有者との合意の下に屋内のガス消費設備の所有権を留保しているとまで認めることはできない。したがって、原告主張の個別的不法行為の成否は、プロパンガス設備のうち、屋外に設置されているガスボンベ、調整器及びメーターからなるガス供給設備について検討し得るにとどまるものである。

(二) そこで、原告が本件顧客に提供していたガス供給設備の原告契約から被告契約へと切り替えられた後の状況についてみると、被告会社は、ガス供給設備のうち、ガスボンベについては、本件顧客に提供されていた全部を原告の営業所に返還したと主張するが、その事実を認めるに足りる確たる証拠はない。

また、調整器及びメーターについては、その八〇パーセントを被告会社のものに切り替えたと主張するが、その切替えに伴って不要となった原告の提供していた調整器及びメーターについて、その帰趨を明らかにする証拠はないので、被告会社によって、その所在が不明になっているというほかはない。その残り二〇パーセントについては、原告の承諾を得て原告の提供した調整器及びメーターをそのまま利用していると主張するが、原告が承諾した事実を認めるに足りる確たる証拠はない。

したがって、原告が本件顧客に対して提供していたガス供給設備については、本件顧客に対して原告契約から被告契約へと切り替えさせた被告会社の責任において、原告が提供していたガス供給設備の帰趨を立証すべきところ、右説示のとおり、その立証が十分でない本件事案においては、少なくとも被告会社による原告主張の個別的不法行為の成立を否定することはできない。

(三) しかしながら、被告須田についてみれば、原告が本件顧客に提供していたガス供給設備の所有権が侵害される結果に至ったのは、被告会社が本件顧客と被告契約を締結したにもかかわらず、原告が提供していたガス供給設備をそのまま使用したりしたことに原因しているものであるから、被告須田の主宰していたGF本部の会員による勧誘それ自体は違法なものではない本件事案においては、被告須田につき、原告主張の個別的不法行為の成立は、これを肯認することができない。

二  被告会社の賠償すべき原告の損害

1  以上によれば、原告の本訴請求は、被告会社に対する個別的不法行為に基づく損害の賠償を求める範囲で、その当否を検討すべきものである。

2  しかるところ、原告は、個別的不法行為による損害が別表二記載の残存価額であると主張するが、その主張に沿う証拠によれば、当該価格には、原告がその所有権を主張しているガス消費設備の残存価格も含まれていると窺われるから、その全額を前認定の個別的不法行為の対象であるガス供給設備の残存価額と認めることはできない。

他方、被告会社は、ガス供給設備の残存価格はせいぜい三九万〇八一八円にすぎないと主張するが、被告会社において、その主張のとおりガス供給設備のうち、ガスボンベについては、その全部、調整器及びメーターについては、その八〇パーセントを原告に返還しているとの前提事実を認めるに足りる証拠がなく、被告会社の主張を直ちに肯認することはできない。

しかしながら、原告契約から被告契約へと切り替えられた後、本件顧客に提供されていたガス供給設備であるガスボンベ、調整器及びメーターがどのような状況になったのかを認めるに足りる確たる証拠がないとはいえ、本件事案においては、被告会社による個別的不法行為の成立それ自体を否定することはできないので、《証拠省略》に併せて、民事訴訟法二四八条の趣旨を忖度して、原告が被った損害は、少なくとも一〇〇万円を下回るものではないと認めるのが相当である。

3  したがって、原告の被告会社に対する個別的不法行為に基づく損害賠償請求は、前認定の一〇〇万円及びこれに対する当該不法行為の日の後の日である平成九年一二月三日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

三  よって、原告の本訴請求は、これを前説示の限度で認容し、被告会社に対するその余の請求及び被告須田に対する請求をいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六五条、六四条を、仮執行の宣言について同法二五九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 滝澤孝臣)

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